1 一部執行猶予制度とは?
本年6月1日から、一部執行猶予制度が開始されました。
一部執行猶予制度がない時代は、罪を犯した人を実刑にしてすぐに刑務所に行ってもらうのか、全部執行猶予にしていったん社会内での更生の機会を与えるのかが、裁判でも多く争われてきました。実刑か執行猶予か、に加えて、一部執行猶予という新たな選択肢が加わったことになります。
一部執行猶予は、実刑のバリエーションであり、いったんは刑務所に行くことになります。ただ、刑期を満了するまで刑務所で処遇を受けることなく、刑期の一部を終えた段階で釈放され、その後は社会内で生活することになります。そして、社会内で生活する猶予期間の間、再び罪を犯すなどの事情がなければ、残りの刑期については刑務所に行く必要がなくなる、という制度です。判決のイメージとしては、たとえば
「被告人を懲役2年6月に処する。その刑の一部である懲役6月の執行を2年間猶予する」
といった判決が言い渡されることになります。
この制度が開始された背景には、受刑者、特に薬物事犯受刑者の再犯防止についての関心の高まりがあります。これまで、刑務所内で受刑者に対する処遇を行い、薬物事犯受刑者については薬物防止プログラムなどの特別な処遇を行うこともありましたが、受刑者が釈放された後、社会内で引き続き処遇を受けるような制度は、必ずしも整っていませんでした。とりわけ薬物依存が進んだ人は再犯率が高いことも事実であり、刑務所内で処遇を受けるだけでなく、釈放後も社会内で適切な処遇を受けることで、再犯防止を図る制度が必要ではないか、そういった問題意識からできたのが、一部執行猶予制度です。
一部執行猶予が言い渡された人は、一定期間刑務所に行くだけでなく、釈放後の猶予期間も社会内で必要な処遇を受けることが想定されているわけです。
2 一部執行猶予制度の対象事件
一部執行猶予制度には、刑法上の一部執行猶予と、薬物事犯の一部執行猶予の、大きく2つの種類があります。刑法上の一部執行猶予は、刑法の改正により新設された制度です。薬物事犯の一部執行猶予は、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」という特別法により新設された制度です。
どちらの制度でも、被告人に対し3年以下の懲役または禁錮が言い渡される場合でなければ一部執行猶予にはできません。3年を超える刑が言い渡される事件はそもそも対象外です。
3年以下の刑が言い渡される事件であれば、初犯の人も、執行猶予中の人も、刑法上の一部執行猶予の対象になります。これまで、執行猶予中に再び罪を犯した場合は、「1年以下」の刑が言い渡され、かつ「情状に特に酌量すべきものがあるとき」という厳しい要件をクリアしないと、再度の執行猶予にはなりませんでした。一部執行猶予の場合はこのような要件は課されていません。最近、ASKAさんが執行猶予中に再び逮捕されたという報道がありました。仮に起訴され有罪となった場合には、ASKAさんも一部執行猶予の対象にはなります。はたしてどうなるでしょうか。
これに対し、刑務所を出所して5年以内に再び罪を犯した人については、刑法上の一部執行猶予の対象にはなりません。
もっとも、薬物事犯の場合はこのような人でも一部執行猶予にすることができます。上記の特別法に規定されています。理論上、薬物事犯であれば、3年以下の刑を言い渡す事件では何度でも一部執行猶予を付すことができるわけです。
特に薬物事犯の再犯防止を図るという問題意識が色濃く現れた規定です。
3 一部執行猶予制度の運用状況
制度が開始された本年6月1日以降、各地で一部執行猶予判決が相次ぎました。開始当初はしばしば報道されたので、ご記憶の方もおられるかもしれません。
本年10月、最高裁から統計が公表され、制度開始から3か月間で、全国で計412人に一部執行猶予判決が言い渡されたことがわかりました。そのうち95%が薬物事犯で言い渡されたそうです。
もともと、特に薬物事犯の再犯防止を図るという問題意識の下に設計された制度でした。当初の予測どおり、薬物事犯で多く適用されています。一部執行猶予の再犯防止機能を裁判所が期待していることの現れともいえるでしょう。
もちろん、課題もあります。目下、関心を抱いているのは、一部執行猶予を言い渡された人が、当初の実刑部分の刑期を終えて釈放後、社会内での処遇がうまくいくかどうか、ということです。この制度が定着するかどうかは、社会内処遇がうまくいくかどうかにかかっているといえるでしょう。今後の運用を注視したいと思います。
以上
弁護士 贄田健二郎