1 起訴猶予と執行猶予の異同
新聞やニュースなどで「起訴猶予」や「執行猶予」という言葉を耳にしたことがあるかも知れません。
まず、前者の「起訴猶予」とは、文字どおり起訴(公判請求)を猶予するというもので、これは、検察官の事件処理(そのうちの終局処分)の一種です。
他方、後者の「執行猶予」とは、言い渡された刑の執行を一定期間猶予するというもので、有罪判決の一種です〔なお、執行を猶予できる刑は、原則として、3年以下の懲役若しくは禁固刑、又は50万円以下の罰金刑ですが(刑法25条1項)、禁固刑以上の刑の執行猶予期間中に再び有罪判決を受けることになった場合にはさらに限定され、1年以下の懲役又は禁固刑に限られます(同2項)。また、刑の執行が猶予される期間は1年から5年の範囲で定められます(同1項)〕。
このように「起訴猶予」も「執行猶予」も、ある不利益な事態が避けられるという点では同じですが、避けられる不利益の内容、逆に言えば、それによって受けられる利益の内容は随分と異なります。
例えば、「起訴猶予」となった場合、刑務所に入ることがないのは勿論のこと、そもそも裁判にかけられることがないので、有罪判決を受け、前科が残るようなこともありません。
これに対して、「執行猶予」の場合、直ちに刑務所に行く必要はなくなりますが、有罪判決を受けているので、前科は残ります。また、逮捕・勾留されたまま起訴され、その後も、保釈が認められない等して、勾留が続けば、少なくとも1か月近く自由を奪われることになります。
2 起訴猶予や執行猶予の割合
「本人も罪を認めていて、それを裏付ける証拠もあるのに、裁判にさえかけられずに済むというようなことがあるのか」、「有罪判決を受けているのに、刑務所に入らなくて済むというようなことがあるのか」と疑問に思われる人もいるかも知れません。
しかし、起訴猶予や執行猶予は決して珍しいことではありません。
例えば、平成27年の統計を見ても(平成28年版犯罪白書)、検察庁が取り扱った事件のうち公判請求された事件の割合は、全体の10%にも満たない数字(7.8%)となっています。その一方で、起訴猶予とされた事件は、全体の過半数を超えています(56.3%)。
また、同じ年の統計を見ると(平成28年版犯罪白書)、1審裁判所で有期懲役・禁固刑を受けた者の60%近くの者が刑の執行を猶予されていることが分かります 。
したがって、犯罪の成立に大きな争いのない事件の、捜査段階(起訴される前の段階)では起訴猶予の獲得が、公判段階(起訴された後の段階)では執行猶予の獲得が、弁護活動の大きな目標となります。
3 起訴猶予や執行猶予の獲得に向けた活動
起訴猶予・執行猶予の獲得に向けた弁護活動をする上でまずは、「起訴猶予」・「執行猶予」の判断の際に考慮ないし重視される要素(情状)は何かを頭に入れておく必要があります。
「量刑の相場」という言葉を耳にすることもありますが、「1+1=2」のように「●と〇があれば、起訴猶予(執行猶予)になる」というような明確な公式(規定)があるわけではありません。それでも、法には参考となる規定があります。それが、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」と定めている刑事訴訟法248条の規定です。
一般に、情状は、①犯罪行為の重さ(ⅰ客観的な重さ、ⅱ意思決定に対する非難の程度)と②犯罪行為以外の事情とに分けられ、前者が中心的なものであるとされています(前者を犯情、後者を一般情状などと呼ぶこともあります。)。
例えば、詐欺罪の被害金額の大きさは、犯情(上記①のⅰ)に当たるとされています。他方、被疑者・被告人には、社会の中で彼(彼女)らの生活を監督してくれるような家族がいる、働く職場もある等の事情は、一般情状(上記②)に当たるとされています
そして、犯情は、その性質上、事件前や事件当時の事実が中心となります。そのため、弁護人としては、そのような過去の事実、中でも依頼人に有利な事実を埋もれさせない活動、言い換えるなら、そこに光を当てる活動が重要となってきます。
他方、一般情状には、事件前や事件当時の事実に加え、事件後の事実も含まれることになります。そのため、ここでは、依頼人に有利な事実に光を当てる活動だけではなく、裁判に向けて依頼人に有利な事実を積極的に作り上げていく活動が重要となってきます。そして、この依頼人に有利な事実を作り上げるという活動には、弁護人の自由な発想・創意工夫、さらにはそれを実現する行動力が欠かせません。