「司法取引」とは?

司法取引

1 はじめに

刑事訴訟法等の一部を改正する法律(以下、「改正法」といいます。)が、2016年5月24日に可決成立し、同年6月3日に公布されました。
改正法には、既に施行されている証拠開示制度の拡充、2018年6月までに施行される被疑者国選弁護制度の拡大、2019年6月までに施行される取調べの全過程の録音・録画制度の導入等、被疑者・被告人の防御権を実質化する方向の制度が多々盛り込まれています。しかし、同時に、改正法には、被疑者・被告人の防御権の保障、さらには広く人権の保障という観点から見ると、注意を要する制度も数多く盛り込まれていることが分かります。そして、「捜査・公判協力型協議・合意制度」(刑訴法350条の2~同条の15)及び「刑事免責制度」(刑訴法157条の2・3)もその一つといえます(以下、前者の制度を「協議・合意制度」、両制度を合わせて「本制度」ということがあります。)。

2 「司法取引」とは?

改正法の報道等を見ると、本制度は一般に「司法取引の導入」として紹介されているようです。しかし、本制度は、有罪答弁を前提とする自己負罪型の司法取引ではありません。言い換えると、本制度は、「他人」の犯罪事実に関する情報を提供することと引き換えに被疑者・被告人が一定の利益を受けることのできる制度です。そのため、「自分」の犯罪事実を全て自認しても、それが「他人」の犯罪事実に関する情報の提供を含むものでなければ、本制度の対象にはなりません。
具体的には、「協議・合意制度」では、被疑者・被告人が他人(共犯者も含む)の犯罪の捜査や訴追に協力することと引き換えに、検察官から不起訴処分等の一定の特典(不起訴処分の他にも公訴取消、特定の訴因・罰条での起訴及びその維持、特定の訴因・罰条への変更、特定の求刑、即決裁判手続の申立て並びに略式請求があります。)が受けられることになります。また、「刑事免責制度」では、自身の証言拒絶権が奪われることと引き換えにそこでの証言及びそこから派生して得られた証拠を自身の刑事事件において使用されないという利益が保証されることになります。

3 「司法取引」は誰のためのもの?

情報を提供する被疑者・被告人の側から見ると、本制度に一定のメリットがあることは否定できません。但し、そのメリットも決して確実なものとはいえません。例えば、被疑者・弁護人と検察官との間で不起訴合意が成立したとしても、その後の検察審査会の判断によってその合意の効力が失われる可能性は残ります。また、求刑に関する合意についても、それが裁判官の量刑判断を法的に拘束するわけではありません。そもそも、捜査・訴追機関の側に本制度を利用する意思がなければ、被疑者・被告人の側が本制度のメリットを享受することはできません。
 したがって、情報を提供する被疑者・被告人の側に一定のメリットがあるといってもそれは、捜査・訴追機関に与えられた新たな証拠収集方法の反射的効果あるいは二次的・副次的な効果と見るべきでしょう。
 むしろ、本制度によって大きな、そしてときに深刻な影響を受けるのは、本制度を通じて得られた証拠を自己の刑事事件の証拠として利用される側の被疑者・被告人です。確かに、本制度の下では、取引の存否及び内容が被疑者・被告人の側に見える形となるので、透明性や公平性の観点からは一定の評価が可能なのかも知れません。
しかし、そのことで取引によって得られた証拠の持つ問題が十分に解決されたことにはなりません。
すなわち、被疑者・被告人という立場に立たされた者が、責任を免れるため、あるいは自分の責任を少しでも小さく見せるために、自己の犯罪の全部あるいは一部を他人に押し付けたくなる、時にはありもしない他人の犯罪をでっちあげたくなるというのは決して珍しいことではありません。そのことによって具体的な特典まで受けられるとなれば尚更です。ところが、この種の証拠について、これまでにもその危険性は意識されてきたものの、それを払拭するためのルールを作る等、具体的な対策がとられてきたとは言えません。そのため、実際には、他の証拠と整合しているとか、内容が自然かつ合理的である等の理由で安易に他人の犯罪事実に関する供述の信用性が肯定されてしまっていると思わざるを得ないケースが決して少なくありませんでした。言うまでもなく、共犯者のように自らも犯罪事実を体験している者であれば、その体験した事実を織り交ぜることによって、容易に他の証拠と整合する虚構、一見すると自然で合理的な内容の虚構を作り上げることができます。そして、このような危険性は、司法取引の存否及び内容が明らかになることで大きく減少するわけでもありません。したがって、本制度の導入を契機に今一度この種の供述の証明力をどのように判断するのがよいのかを考えてみるべきではないでしょうか。

以 上

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