勾留を争う弁護活動

勾留を争う弁護活動

1 勾留請求却下率の上昇

「勾留請求却下急増」。最近、このような記事を目にすることが増えました。
 被疑者が逮捕された後、さらに一定期間の身体拘束をすべき理由と必要性がある場合、「勾留」の裁判がなされます。「勾留」されてしまうと、原則として10日間、さらに必要がある場合は延長して10日間、最長20日間の身体拘束を受けることになります。勾留されている間は、家族と自由に会うこともできません。仕事をしている被疑者であれば、一定期間休まないといけませんから、解雇されるかもしれません。結果として不起訴になっても、職場に復帰できなければ路頭に迷うことにもなりかねません。それでは今後の更生にとってもマイナスです。つまり、被疑者にとっては、勾留されるかされないかが、重要な分岐点となるのです。

 従来、検察官が勾留請求した事件について、裁判所が却下する(つまり被疑者を釈放する)決定を下すケースはほんの一握りでした。特に、事実を否認しているケースでは、罪証隠滅のおそれがあるとして勾留されるケースがほとんどでした。

 しかし、最近、勾留請求却下率が上昇しています。3月28日の産経ニュースによると、平成17年に0.47%だった却下率は、平成26年には2.71%にまで上昇しました。10年間で約5倍に増えたことになります。この動きは画期的なことと言えるでしょう。

2 裁判員裁判の導入と最高裁決定

裁判所の運用が変わってきた背景には、裁判員裁判の導入があると思われます。
 従来の裁判は、警察・検察が捜査段階で作った供述調書などの膨大な証拠を取り調べる形で行われていました。「調書裁判」などと呼ばれ、裁判は、捜査の結果を追認しているだけという印象を受けることも少なからずありました。そうすると、捜査段階でいかに多くの証拠を集めるかに力点が置かれ、取調べも過剰になり、不当な自白により冤罪が発生することもしばしばありました。

 しかし、裁判員裁判の導入により、「公判中心主義」がクローズアップされるようになりました。裁判は捜査の追認ではなく、裁判官・裁判員が法廷で証人や被告人に直接話を聞くことによって裁判を行うべきだと考えられるようになってきました。その影響で、長期間の身体拘束を利用して長時間の取調べを行ってきた従来の勾留の在り方も変革を迫られるようになりました。
また、裁判員裁判は集中審理で行われますから、被告人と弁護人の打合せの機会を確保する必要性が高まりました。ところが、被告人が勾留されていると、接見して打合せをする機会も物理的に制約されてしまいます。そこで、被告人を身体拘束から解放する必要性が高まりました。
裁判員裁判の導入をきっかけに、被疑者・被告人の身体拘束に対する裁判官の意識も徐々に変わってきたのではないかと思います。

それを後押しする最高裁の決定が、近年立て続けに出されました。最高裁平成26年11月17日決定と、最高裁平成27年10月22日決定です。前者はいわゆる痴漢事件、後者は業務上横領事件について、勾留請求却下決定に対する検察官の準抗告を認めた高裁の決定を再度覆し、勾留請求却下決定を維持したのです。いずれも、罪証隠滅や逃亡の現実的可能性の程度を厳格に判断すべきとしたものです。

特に前者の電車内の痴漢事件では、私の経験でも、近年勾留請求却下されるケースが格段に増えたという印象です。多くのケースは、満員電車の中で偶然居合わせた男女間で起こった事件です。被害女性がどこの誰なのか、知らないケースがほとんどです。被疑者が被害女性に直接接触することは現実的にはほぼ不可能です。罪証隠滅の現実的可能性が低い事案です。そのような事情を主張することにより、たとえ事実を否認している被疑者であっても、勾留請求が却下されるケースが増えてきました。先の最高裁決定は、そのような裁判所の運用を後押しするものといえるでしょう。

3 勾留を争う弁護活動

ここまで、裁判所の運用の変化についてお話してきましたが、勾留却下を得るためには、積極的な弁護活動が必要なことはもちろんです。逮捕後、勾留決定がされるまでの期間は短く、その間に家族や職場上司の陳述書、身元引受書、被疑者の反省文や誓約書、その他の資料を集めて裁判所に提出する必要があります。スピーディーな活動が求められますが、それでも積極的に動いて準備して主張すれば、成果につながるケースが増えてきました。

 弊所の竹内弁護士が、東京弁護士会の会報誌でケース報告をさせていただきました(※1)。これらのケースに限らず、勾留請求が却下されたケースは少なからず経験しています。

 却下率が上昇したとはいえ、それでもまだ2.71%にとどまっています。お隣韓国の勾留請求却下率は、2009年時点でも25%を超えています(※2)。これからも、不必要な身体拘束をされないよう、積極的な弁護活動を心がけたいと思っています。


※1 竹内明美「勾留を争う弁護活動」(刑弁でGO!第57回)LIBRA・2014年10月号50頁
※2 拙稿「韓国視察の報告と今後の課題—勾留質問への立会・勾留適否審査の実情—」(刑弁でGO!第28回)LIBRA・2011年3月号34頁


弁護士 贄田健二郎

PAGE TOP