1 被疑者・被告人側にとっての意義
示談は、紛争当事者間の私法上(民事上)の合意です。
そのため、加害者・被害者の間で示談が成立すれば、私法上(民事上)の紛争は一応の解決をみることになりますが、加害者・被害者の間で示談が成立したからといって、当然に加害者が刑事責任を問われなくなるということにはなりません。
とはいえ、強制わいせつ罪、強姦罪、器物損壊罪のような親告罪(告訴がなければ公訴を提起することができないとされている犯罪)の場合、示談の結果、被害者が告訴を取り消すことになれば、被疑者は、確実に起訴(公訴の提起)を回避することができます。
また、親告罪ではなくても、被害者の存在する犯罪、中でも窃盗罪、詐欺罪、横領罪のような財産犯の場合には、示談の成否、被害弁償の状況、被害者の処罰感情は、起訴・不起訴の判断や刑の量定に大きな影響を与えます。
さらには、個人を被害者とする犯罪ではないとされている犯罪であっても、実質的な被害者と呼べるような事件関係者が存在する場合、その者との示談等が起訴・不起訴の判断や刑の量定に影響を与えることは少なくありません(例えば、公然わいせつの罪に問われている被疑者・被告人が現場に居合わせた人と示談をするような場合)。
そのため、犯罪事実に争いのない事件では、示談の成立に向けた活動が最も重要な弁護活動の一つになるといえます。
2 被害者側にとっての意義
では、もう一方の当事者である被害者にとって、示談は、どのような意味を持つのでしょうか。
被害者は、加害者に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求することができます(民法709条)。
しかし、自力救済は禁止されていますから、加害者が損害賠償金を任意に支払ってくれなければ、被害者は、訴訟を起こさなければなりません。そして、訴訟には多かれ少なかれ費用と時間がかかります。また、たとえ勝訴しても、加害者が任意に支払ってくるという保証はありません。加害者が判決を無視するようであれば、被害者は、さらに強制執行の手続をとらなければなりません。しかも、加害者に差し押さえることのできる財産がなければ、判決書もただの紙切れ同然です。
その一方で、加害者と被害者との間で示談が成立する場合、そこで約束された金銭は、多くの場合、即時かつ一括で支払われます。ですから、示談には、訴訟や強制執行に伴う負担、さらには回収不能のリスクを回避することができるというメリットがあります。
また、捜査・訴追機関は、被疑者・被告人側の事情の全てを被害者側に説明しているわけではありません(そもそも、被疑者・被告人側の事情の全てを捜査・訴追機関が把握しているわけではないので、そのようなことはもとより不可能という他ありません。)。そのため、被害者は、弁護人との接触を通じて、初めて被疑者・被告人側の事情を知るということも少なくありません。ときには、そのことで事件や被疑者・被告人に対する被害者の見方が変わることさえあります。
このような被害者の側から見た示談のメリットも決して見過ごすことはできません。
言い換えると、ときに被害者は示談の利害得失を見極める必要に迫られることがあると言えるのです。
とはいえ、刑事事件に絡む示談の多くは、被害の発生からそれ程時間の経っていない段階で問題となるため、「とても示談に応じる気になどなれない」、「示談交渉に応じてしまうと弁護士に言いくるめられてしまうのではないか」、「示談をしたら事件はなかったことになってしまうのではないか」、被害者がそういった怒りや不安・不信の念を抱くのは無理からぬことです。
つまり、加害者側から示談の申出を受けた被害者がその利害得失を冷静かつ正確に見極めることはとても困難なことなのです。
ですから、加害者側から示談の申出を受けた場合には、無用な不安や誤解に基づく不信等を解消するためにも、加害者側の提案が果たして妥当なものなのか、そもそも、交渉に応じてよいものなのかといった点等について、一度、弁護士に相談されることをお勧めします。