平成27年12月22日、東京高裁第12刑事部で、覚せい剤取締法違反(密輸)事件について逆転無罪判決を獲得しました。
今回は、この事例について報告します。
1 事案の概要
依頼者は、スペイン国籍の男性です。
本件は、氏名不詳者と共謀の上、営利目的で、ウガンダ共和国のエンテベ国際空港から、コーヒー豆の袋に収納された覚せい剤1038.3グラムを隠し入れたリュックサックを機内預託手荷物として預けて航空機に積み込ませ、日本国内に輸入した、とされた事案です。
依頼者は、第一審から一貫して事実を否定していました。ウガンダで出会った人物から仕事の依頼を受けて日本に来たのであって、コーヒー豆袋に覚せい剤が入っていたことは知らなかったとして、覚せい剤密輸の故意がないと主張していました。
第一審では、残念ながら有罪とされてしまいましたが、控訴審では依頼者の主張が認められ、故意を認めるには合理的疑いがあると判断され、逆転無罪となりました。この判決は、検察官からの上告もなく、確定しました。依頼者は現在、母国のスペインに帰って家族とともに生活しています。
2 第一審判決(千葉地裁平成27年7月8日判決)
千葉地裁刑事第1部(吉井隆平裁判長)は、依頼者を有罪としました(懲役8年、罰金300万円)。理由の概要は以下のとおりです。
(1)仕事の内容が不自然であり、仕事の依頼について疑念を抱いたと認めるのが相当
- ウガンダ防衛省上級理事のJの代理人として、道路建設の公共事業に関する書類を日本に持って行き、日本企業との会議に出席してその書類を読むなどするほか、質問があればJに電話で答えさせるという仕事
- 依頼者は道路建設の知識を有していない一介の旅行者
- 仕事内容からして多額の費用や報酬(2000ドル)をかけてまで被告人を会議に出席させる必要性を見出すことは困難
- 妹へのメッセージ(「観光客への詐欺ではないことを確認するために、領事館の人たちと話に行く予定です」というもの)の内容や、実際に領事館を訪問して相談していることもそれを裏付ける
(2)スペイン領事への相談後も仕事が真正なものであると信じるに至ったことをうかがわせる事情は見当たらない
日本への移動途中の妹へのメッセージ(「仕事の件ですが、防衛大臣事務官と、道路の工事及び開発を共に行う会社の間の仲介者をしたり。。。」などというもの)は、一連の経緯に整合せず、真意でない内容を送信することも考えられる
(3)日本に渡航することを依頼された真の目的が書類を持参して会議に出席すること以外にあるのではないかとの疑いを抱いたものとみることができる
(4)遅くともコーヒー豆袋を受領した時点では、日本行の真の目的がコーヒー豆袋を運搬することにある可能性に思い至っていたものと推認できる
コーヒー豆袋に隠匿されたものが違法薬物かもしれないとの認識を抱いていたとみるのが自然
3 控訴審の活動
私は、控訴審から弁護人として活動しました。依頼者に会いに行ったところ、第一審の結論には全く納得しておらず、引き続き争いたいという意向でした。
そこで、事実誤認の主張をメインに、控訴趣意書をまとめました。
特に、第一審判決の認定で最も不合理と感じたのは、依頼者が仕事の依頼を受けていいかどうかスペイン総領事館を訪れて相談したという事実の評価でした。依頼者としては、Jらから依頼された仕事に興味を示しつつも、観光客相手の詐欺や強盗ではないかと疑い、スペイン領事に相談に行った、という経緯がありました。その結果、「くれぐれも用心し、気を付けるように」とのアドバイスはありましたが、依頼された仕事が犯罪ではないかなどと指摘されることはなかったのです。そうすると、スペイン領事に相談に行ったことで、仕事に対する疑念は解消されたと評価すべきであり、第一審判決の認定は明らかに不合理であると考えました。この点も強調しながら、事実誤認の主張を構成しました。
4 控訴審判決(東京高裁平成27年12月22日判決)
東京高裁第12刑事部(井上弘通裁判長)は、依頼者の主張を認め、第一審判決を破棄し、無罪としました(上告なく確定)。その理由の概要は以下のとおりです。
【1】第一審判決理由(1)について
仕事が不自然であることは相当な評価としました。
【2】第一審判決理由(2)について
もっとも、領事館に相談に行った結果、スペイン領事が、依頼者に対して仕事そのものに不審があるなどと指摘することなく、そのような依頼には応じないよう助言した形跡もうかがわれないことから、依頼者の仕事に対する疑念は一応解消されたものとみるのが自然と評価しました。
また、領事への相談後、妹らに仕事で日本に行くとメールしているのも裏付けになると指摘されました。妹へのメッセージは、疑念が解消されたという依頼者の心情に相応するという判断です。第一審判決の判断は、経緯を無視する嫌いがあるし、実際の文面から離れた解釈であると批判されました。
この点は、控訴趣意書の主張が一部採用された結果です。
【3】第一審判決理由(3)について
コーヒー豆はウガンダの特産品で、日本への土産として託すことは何ら不自然ではないと判断されました。その上で、第一審判決は、コーヒー豆袋を受領した時点で真の目的がコーヒー豆袋を運搬することにある可能性に思い至っていたと推認しましたが、唐突で論理の飛躍があると批判されました。まして、仕事に対する疑念が一応解消された状況であれば、なおさら無理な推認であるとも指摘されました。
【4】第一審判決で触れていない事情
第一審判決では触れられていませんでしたが、以下の事情も依頼者が覚せい剤の認識を有していなかったことをうかがわせる事情であると指摘されました。
まず、違法薬物であるかもしれない疑いを抱いたならば、その疑いを解消するための行動をとるのが自然であるのに、領事に相談後、何らそのような行動をとっていないことが指摘されました。
また、多額の資産を有し、犯罪歴もない依頼者が、別段拒絶することなくあえて本件犯行を行うような事情がうかがわれないとも指摘されました。
常識的に考えて当然の指摘と思います。
5 判決を受けての実感
第一審判決は、有罪の結論を前提に、事実関係を有罪に結び付けるよう無理に解釈しているきらいがありました。特に、スペイン領事への相談内容や前後の依頼者の行動等からすれば、領事に相談した結果、疑念が解消されて安心して仕事に取り組む依頼者の姿が見て取れますが、それを無視するような第一審判決の認定は、納得しがたいものでした。
本件の第一審は、裁判員裁判で審理されました。裁判員裁判は、市民の健全な常識を刑事裁判に反映させる目的で導入された制度です。裁判員も入って審理された結果は尊重されるべきだということは、一般論としてはそうでしょう。しかしそれでも、無実の人が有罪とされてよいはずはありません。本件のように、覚せい剤密輸組織に騙されて運び屋とされてしまう人は少なからずいると思います。本当は知らなかったとしても、ひとたび有罪とされてしまえば長期の懲役刑を受けなければなりません(本件でも第一審では懲役8年を宣告されました)。そのような事態は絶対に避けなければなりません。
控訴審判決は、本件に見られる事実関係を正当に評価して無罪の結論を導いてくれました。検察官が上告しなかったのは、控訴審判決に反論する材料がなかったからでしょう。昨今、同種の密輸事件で無罪判決がなかなか出なくなったとも言われますが、そのような流れに一石を投じる判決になることを期待します。
弁護士 贄田 健二郎
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