コラム

黙秘権(Ⅱ)~黙秘しても不利にならない?

2020年 2月18日
目次

1 はじめに

取調べ受忍義務を前提とする日本の捜査実務では、被疑者が「黙秘します」、「弁護士と相談したい」と言っても、取調べが中止されることはなく、むしろ、そのような態度をとったことによって、取調べが時間の面でも内容の面でも厳しいものとなりかねないことは前回お話したとおりです。

では、起訴された後、つまり「被疑者」から「被告人」という立場になってからはどうでしょうか。

日本の捜査実務においても、起訴後の被告人は取調べ受忍義務から解放され、非常に限られた場合にのみ被告人の取調べが許されると理解されています。そうだとすると、起訴後の被告人には、名実ともに黙秘権が保障されていると言ってよいのでしょうか。事はそう単純ではありません。

 

2 黙秘権の実情②~黙秘をしても不利にならない?

⑴ 黙秘からの不利な推測

例えば、法廷で被告人が最初から最後まで口を閉ざしていたら、あるいは、冒頭手続で「私はやっていません。」とだけ話して、その後の検察官や裁判官からの質問には一切答えなかったとしたら、被告人に対してどのような印象を持つでしょうか。

「何も話さないのは何かを隠しているからではないか。」

「何も反論できないからではないか。」

「本当は犯人だからではないか。」

このような印象を持つことは、決して不自然なことはではありません。

なぜなら、それは、人の倫理観・道徳観、あるいは経験に基づいた感情・感覚だからです。

では、その感情・感覚は、刑事裁判の事実認定の際に用いられる「常識」・「経験則」と言えるでしょうか。

言い換えると、黙秘したことを有罪証拠の1つとすることは許されるのでしょうか。

かつては、これを許容する考え方もあったようですが、現在では殆ど支持されていません。

もし、黙秘したことから犯罪事実が推測されるというのであれば、黙秘権が保障されていることの意味は極めて限定的なものとならざるを得ません。何よりも、黙秘したことから犯罪事実が推測されてしまうようであれば、黙秘することに躊躇を覚えてしまい、誰も黙秘しようなどとは思わないでしょう。これでは、黙秘権が保障されていると言っても、絵に描いた餅になってしまいます。

 ⑵ 注意喚起の必要性

とはいえ、黙秘に対して、「何も話さないのは何かを隠しているからではないか。」、「何も反論できないからではないか。」、「本当は犯人だからではないか。」という印象を持つのは、人の倫理観・道徳観、あるいは経験に基づいた自然な感情・感覚であることは、繰り返しお話しているとおりです。

ですので、事実認定者である裁判員・裁判官に対しては、この点の注意喚起が欠かせません。

例えば、陪審制度がとられているアメリカでは、不利益推認禁止の説示を求める権利、つまり、被告人が黙秘したこと(証言台に立たなかったこと)から不利益な事実を推測してはならない旨を陪審員に説示するよう求める権利が被告人に保障されていると解されています。

残念ながら、日本では、そのような権利は保障されていませんが、不利益推認禁止について、弁護人が冒頭陳述や弁論等で言及することは、当然許されますし、むしろ、積極的かつ丁寧に説明する必要があると言えるでしょう。

 ⑶ 被告人質問が許されるのか

では、黙秘をしている被告人に対して検察官や裁判官が質問することは許されるのでしょうか。

かつては、被告人質問は裁判所・裁判官の職権によるものであるとの理解の下、たとえ事前に黙秘の意向を明らかにしている場合であっても、被告人質問を実施する(実際には、検察官に質問の機会を与える)という運用は決して珍しくありませんでした。

この場合、質問をする検察官にとっては、被告人が質問に答えようが、答えまいが、そこは大きな問題ではないのでしょう。というのも、検察官にとっては、万が一、答えてくれたなら儲けもので、たとえ被告人が何も答えなくても、「被告人であれば答えられるはずの質問に答えないのだから、黙秘していることこそが被告人が犯人であることを如実に物語っているのだ」という印象、そこまで露骨でなくても、「真相解明に協力しない不誠実な人間だ」という悪印象を抱かせることができます。

ですので、多くの場合、検察官は、黙秘する被告人に対し、数々の質問を浴びせ、火だるまの状態にしようとします。そして、弁護人が、このような被告人質問が行われること自体が黙秘権の侵害であると主張しても、被告人質問の機会だけは与える裁判所・裁判官が少なくありませんでした。

しかし、これでは、被告人には取調べの受忍義務はないが、被告人質問の受忍義務があることになってしまい、前者が否定されている趣旨は大きく減退してしまいます。

何よりも、黙秘することによって予想される事態を恐れるがあまり黙秘を躊躇することになってしまえば、そこから黙秘権の保障が切り崩されてしまいます。

そのようなことへの配慮があってか、近時は、黙秘の意思を明確にしている被告人に対しては、被告人質問を行わないケース(裁判官が被告人の黙秘の意思を確認する質問を行った上で被告人質問を行わないと判断するケースを含みます)が増えつつあるようです。

以 上

弁護士 布川 佳正

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