コラム

布川事件国家賠償請求訴訟判決を傍聴して

2019年 5月28日

1 2019年5月27日午後4時、東京地方裁判所103号法廷で、布川事件の国家賠償請求訴訟の判決が言い渡されました。判決言渡しを傍聴してきましたので、内容を報告するとともに、若干の感想を述べたいと思います。

2 布川事件とは、1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件です。桜井昌司さんと杉山卓男さん(2015年に死去)が逮捕されました。2人は捜査段階で殺害を自白しましたが、公判では否認し、争いました。しかし、1978年に最高裁で無期懲役の判決が確定しました。

  1996年に仮釈放され、2人は無実であると主張し、再審請求をしました。その結果、2009年に再審開始が決定し、2011年、再審で無罪が確定しました。それを受けて、桜井さんが国と茨城県に対し、約1億9000万円の国家賠償を求めて訴訟を提起しました。その判決が言い渡されました。

3 判決は、「被告らは、原告に対し、連帯して金7600万8757円を支払え。」というものです。桜井さんの勝訴です。相当額の逸失利益の賠償も認められ、桜井さんとしては完全勝利に近い結果だったと思います。

  判決では、捜査段階で警察官が、「母親が早く自白するよう言っている」「目撃した人物がいる」などと、虚偽の事実を述べて自白を強要したことについて、偽計を用いた取調べで違法であるとしました。また、公判廷で警察官が、存在する証拠を存在しないと虚偽の証言をしたことや、検察官も繰り返しあるはずの証拠が存在しないと発言していたことについても、違法であると認定しました。

  他にも、国や県の違法性が認定され、国家賠償請求が認められました。これまで、刑事裁判や再審で無罪になる例は少なからずありましたが、国や公共団体の違法性が認定され国家賠償が認められた例はほとんどありませんでした。詳細は割愛しますが、ただ無罪になっただけでは賠償は認められず、法的に高いハードルが課されていることが原因です。そのような中で、警察官、検察官の違法行為をきちんと認定し、国家賠償を認めた今回の判決は、高く評価されるべきだと思います。

4 判決の中で、法的に興味深い判断をしていた部分について、若干コメントしたいと思います。なお、言渡しでは判決の要旨が述べられただけですので、実際の判決と少し齟齬があるかもしれません。その点はご容赦ください。

  1点目は、刑事裁判における検察官の証拠開示義務を認めた点です。刑事訴訟法には、これまで、検察官が被告人あるいは弁護人に対して証拠を開示する義務を定めた条文はありませんでした。検察官が請求した証拠を閲覧することはもちろんできますが、それ以外の証拠を被告人や弁護人は見ることができませんでした。裁判所が厳格な要件のもとに証拠開示命令を発することができる、という判例はありましたが、ほとんどのケースでは、被告人や弁護人がいくら請求したとしても、検察官が「存在しない」「出さない」と言う限り開示されませんでした。2005年の刑事訴訟法改正で、公判前整理手続の規定が新設され、一定の要件のもとに証拠を開示する制度ができましたが、布川事件はもちろん同制度ができる前の事件です。

  裁判所は今回、刑事裁判の結果に影響を及ぼす可能性が明白である証拠については、有罪方向、無罪方向を問わず、検察官は公判廷に顕出すべき義務を負う、つまり証拠開示義務を負う、と判断しました。また、結果に影響を及ぼす可能性が明白とまではいえない証拠であっても、弁護人が具体的に証拠を特定して請求した時は、刑事裁判の結果に影響を及ぼす証拠を開示する義務を負う、とも判断しました。

その法的根拠として、刑事訴訟法1条と検察庁法4条を挙げました。刑事訴訟法1条は、刑事裁判は真相解明を目的とすると定めた条文です。検察庁法4条は、検察官は公益の代表者として職務を行うと定めた条文です。検察官は、被告人を有罪にすることが仕事なのではありません。被告人が無罪であることを示す証拠があるならば、それを公判廷に顕出し、裁判所の公正な判断にゆだねるべきです。それが公益の代表者としての務めであり、真相解明を旨とする刑事裁判の目的にも資するといえます。裁判所は、このような考えから、検察官の証拠開示義務を認めたものと思われます。

この判断は画期的です。裁判所は上記判断をもとに、布川事件で検察官が証拠を開示しなかったことは違法と結論付けました。偽証までして証拠を隠し続け、再審に至ってはじめて出してきた警察・検察のやり方が違法だときっぱり判断したことは、裁判所に敬意を表したいと思います。

2点目は、除斥期間の判断です。被告らは、本件では、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間が経過していると主張していたようです。除斥期間とは、民法724条に定められています。不法行為の時から20年を経過した時は、損害賠償請求ができなくなる、という規定です。

先に事案を紹介したとおり、布川事件は1967年に発生した事件ですから、不法行為として指摘されている違法な取調べ行為や違法な証拠開示義務違反行為から数えれば、20年は優に経過しています。そうすると、仮に違法であったとしても、除斥期間が経過していて損害賠償請求は認められない、ということになってしまいます。

この主張に対して裁判所は、再審で無罪が確定するまでは、除斥期間は進行しない、と判断しました。①再審で無罪になる前に除斥期間が進行するならば、冤罪被害者にあまりにも酷であること、②国や公共団体はこのようなケースの場合、再審無罪が確定した後に国家賠償請求されることも予期すべきであること、が理由として挙げられていました。今回国家賠償請求がこの時期になったのは、無実の罪で20年も刑務所に収容されていたことが大きな原因です。それなのに、20年経ったから損害賠償請求ができない、とされるのでは、あまりに不当です。この点は当然の判断だと思いますが、あまりない論点なので、裁判所の判断は評価できます。

5 布川事件は、ふだん刑事弁護に携わる私の目から見ても、あまりにひどい冤罪事件です。今回の判決で、警察、検察の違法性が認められ、国家賠償請求が認容されたことは、高く評価できます。被告らは控訴せず、確定することを期待します。

以上

弁護士 贄田 健二郎

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