科捜研における鑑定の現状


1 先月20日、乳腺手術直後に手術を執刀した外科医が患者にわいせつ行為を行ったとされて起訴された事案で、東京地裁で無罪判決が言い渡されたという報道に接しました。この事件については、麻酔覚醒時の術後せん妄による幻覚の可能性が主張されるなどして、そちらも大きな争点になっていました。そしてもう1つ、警視庁の科学捜査研究所(科捜研)が実施したDNA型鑑定の信用性が主たる争点となっていました。

  私も、平成29年に、科捜研の鑑定の信用性が争点となった事案で無罪判決を獲得しており、今回の事件と同様の問題があったので、その点についてコメントしたいと思います。

2 先月20日の無罪判決によると、本件のDNA型鑑定には、科捜研の研究員が鑑定の最中に記入するワークシートに、鉛筆で書き込みを行い、内容を修正する時は消しゴムで消して書き直していたこと、鑑定の推移に従ってワークシートを記載していないことがあったのではないかと疑われること、DNAの抽出液の残余を廃棄したこと、などの問題があり、検査者としての誠実さに疑念がある、とまで言及されたそうです。抽出液の残余を廃棄したそうですから、あとから再鑑定をすることもできません。鑑定が正しいかどうか検証するには、どのような手法で鑑定が行われ、その過程でどのような結果が出たのか、逐一検証していくしかありません。そのための資料としては、鑑定の様子をビデオ撮影でもしない限り、ワークシートくらいしかありません。それならば、ワークシートには改ざんできないように消せない筆記用具で記載すべきでしょう。なのに、ワークシートには鉛筆で記載し、あとから消しゴムで消して書き直した様子があったようです。科学者としてあるまじき態度でしょう。

  私が担当した事例でも、同様の問題がありました。平成29年10月31日に東京地裁立川支部で無罪となった覚せい剤取締法違反被告事件です。この事件では、DNA型鑑定ではなく、覚せい剤使用を立証するための尿鑑定の信用性が争われました。被告人は、すり替えや取り違えの可能性を主張したところ、この事件では、採尿手続時に容器に入れられた液体の量と、鑑定時の液体の量に、無視できない分量の差がありました。検察官は、科捜研に持ち込まれるまでの間にこぼれたのだと主張し、科捜研の研究員が作成したメモには「こぼれている」との記載がありました。ところが、このメモも鉛筆で書かれており、一度消して書き直した跡がありました。他にもいくつかこのメモには問題がありましたが、書き直した跡があったこともこのメモあるいはそれに基づく研究員の証言の信用性を否定する要素となりました。

3 先月27日、日弁連で開催された「本邦におけるDNA型鑑定の原理と科学的問題について」という研修に参加しました。講演した法医学者の先生が、先月20日の無罪判決にも触れて、ワークシートの問題にも言及していました。その中で、「科学実験において実験ノートの鉛筆書きはタブー」と指摘されていました。「東京大学大学院医学系研究科・研究ガイドライン(実験系)」(https://www.m.u-tokyo.ac.jp/education/guideline.pdf)にも、「実験ノートの作成上の注意」として、「記載はペンやボールペンなど消せないものを使用する(鉛筆は不可)」とはっきり書いてあります。講演した先生も、学生にまず最初に教えることだ、とおっしゃっていました。本件の科捜研の研究員は、学生が守っていることすら守っていない、ということです。

  科学の本質は、再現性があることです。後の検証に耐えうるものでなければなりません。鑑定の経過を記載するワークシートは、どのような鑑定が行われたか、あとから検証するために保存すべき資料です。そのワークシートが、鉛筆で書かれ、あとから書き直すこともできる状態であるなら、鑑定の検証などできません。今回問題となった科捜研研究員が行ったことは、もはや科学的鑑定ではない、といってもいいでしょう。

  これが、科捜研の鑑定の現状です。二度とえん罪が発生しないよう、科捜研の改革は急務であるといえます。

以上

弁護士 贄田健二郎