押収拒絶権とは誰のためにあるのか


 カルロス・ゴーン氏の元弁護人の事務所に捜査官により捜索・差押えがなされました。元弁護人が押収拒絶権を行使したということについても、取り沙汰されています。

 そこで今回のコラムは、この「押収拒絶権」というものにスポットをあててみます。

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 弁護士には、刑事訴訟法上「押収拒絶権」が認められています(105条)。

 つまり、捜査官が裁判所の令状をとったとしても、押収を拒むことができる権利ということです。

 法律上、その権利の行使は弁護士がすることになっています。まるで弁護士のために特権を認めたように思われるかもしれません。

 本当にそうでしょうか。

 弁護士が押収を拒むことができるのは、「業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するもの」についてです(刑事訴訟法105条)。

 一方、弁護士は守秘「義務」を負っています(弁護士法23条)。

「その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う」のです。

 我々弁護士は、依頼者の個人的な秘密を多く扱っています。そのような個人的な秘密は守らなければなりません。そのような義務が課されています。

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 弁護士の仕事は、個人的な秘密、プライバシーに踏み込むことが往々にしてあります。そうでなければ、依頼された事案の解決は困難になるからです。

 言い換えれば、弁護士を利用する方にとって、自分の依頼事項を実現するために、弁護士に秘密を伝えることは必要なことであり、有益なのです。

 でも、秘密が守られる保障もないのに、安心してプライバシー情報、秘密を他人に話すことなど、できないのではないでしょうか。

 「秘密が守られるから安心して教えることができる」と考えられるのが一般的ではないかと思います。

 つまり、「弁護士に話しても秘密が公開されてしまうかもしれない」となれば、怖くて弁護士を利用することすらできません。

 そうなれば、弁護士制度そのものが崩壊してしまうことになりかねません。

 だからこそ弁護士は、職務上預かった他人の秘密について、たとえ国家が要求したとしても、拒むことができるのです。

 つまり、その「権利」は、依頼者のために認められているものであり、ひいては、弁護士制度そのもののために認められているものなのです。

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 そこまでして悪いことをした人を守らなければならないのかと思われる方もいるでしょう。

 もちろん、カルロス・ゴーン氏が現時点で「悪いことをした人」ということは絶対にできませんが、その点はこのコラムでは脇に置きます。

 押収手続が行われた場合、捜査官が確認することのできる情報は、捜査の対象となっている事件に関係するものだけではないのです。

 もちろん、差押え(弁護士事務所から強制的に持ち出すこと)までできるものの範囲は限定されます。

 しかし、差押えの対象となるかどうかを確認するために、捜査機関は、それ以外の情報を見て、読んで、確認することになります。

 今回の事例で言えば、カルロス・ゴーン氏以外の依頼者の情報も、捜査官は見たり、読んだりすることができるのです。

 そうしたことが簡単に許されるべきでしょうか。

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 刑事訴訟法上、「押収拒絶権」が認められているのは弁護士だけではありません。

「医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在った者」に対して、同じように認められているのです。

 ここに挙げられた職業は、それぞれ人の秘密を扱うことがあります。

 これら職業人を利用する市民の皆さんは、自分の秘密を安心して提供できなければならないのです。

 そうであるからこそ、これらの職業人が、その職務上知り得た他人の秘密について、その押収を拒絶することができる権利を与え、その秘密を提供した人の利益を守ることにしたのです。

 つまり、押収拒絶権とは、弁護士個人のために認められた特権ではありません。

 依頼者(過去、現在)のためであり、将来弁護士制度を利用する市民のために認められているものなのです。

弁護士 髙橋 俊彦